カーテン越しの朝の光で目を覚ました。
肌寒い夜の間は心地好い布団も、朝になってぬくもりを帯びると少し煩わしさを感じる。 加えてこれである―――私を抱き枕にして眠る彼。否、これは眠ってないな。頬をつつけば緩む口元に確信して、今度は頬をつまんでやった。

「やっぱり。起きてるでしょ」
「いだい………」
「暑いからそろそろ放して」
「んん………やだ」
「子供ですか」

私は肘をついて身を起こすと、わずかに緩められた彼の腕から抜け出して、朝食の準備をする。
しばらくして、Tシャツに緩いスエット姿の零が起きてきた。洗面所へ向かうのかと思いきや、こちらへ向かってくる。

「お水飲む?………おっと」

後ろから抱きしめられて、肩に預けられた頭の重みがのしかかる。

「もう少し寝てたら?せっかく休みなんだし」
「海に行きたい」
「‥‥‥いいね、賛成」

首筋をくすぐる髪。ぽそり、掠れた声で呟かれた言葉に、頷いて髪をそっと撫でれば満足げに抱きしめて、今度こそ洗面所へ向かった。
嗚呼、こんな降谷零を、きっと私しか知らないのだと思うと、ほのかな優越感で心が満たされる。

「あ、ねぇ。お昼何がいい?」
「サンドイッチ……ツナと、あとトマトバジルにクリームチーズ挟んだやつも」
「はぁーい」

彼がどこかに「行きたい」と言うのが、私の楽しみの一つだったりする。それは彼なりの「連れて行って」だから。私を甘やかすのはお手の物、な彼が甘えてくれていると分かるから。

料理上手な彼直伝のサンドイッチの出来は上々だ。



「零、支度できたよ」
「ああ」

まだ頭が覚醒していないような、そんな抜けた顔をしてる。それでも、重い荷物を選んで先に積んでくれるし、運転中は助手席でナビに補足してくれるし、あとおやつをあーんしてくれるし、そういう優しさに日々ときめく。ほんと、ずるいくらいかっこよくて、でも、可愛いところもあって‥‥‥…私って相当彼に惚れ込んでるんだな、と内心苦笑する。そんな彼だから、支えたいと思うし、私にできることは何でもしてあげたいと思う。
ただでさえ大変な仕事をしている彼の休みは必然的に少ない。だけど、その貴重な休みを私と過ごせることが幸せなのだと、いつか言ってくれたから、「彼のためなら」という思いはより一層強くなった。
ドライブ中、特段話をしていた訳でもないけれど、彼が随分と大人しくなったので、ちらりと左のサイドミラーに目をやったら無防備な寝顔が写っていた。安心して眠ってしまうのも、信頼されているからだと自惚れてもいいだろうか。彼の安眠を妨げないよう、私はいつもより丁寧にハンドルをきった。

目的地に近づきました―――という、ナビの決まり文句もそこそこに車を停める。
遊泳のシーズンはまだ遠いけど、天気に恵まれているから眺めている分には最高の日和だ。
いまだ心地好さそうに寝息を立てる彼の腕に触れて声を掛ける。

「零、着いたよ」
「ん……っは!!すまない!すっかり寝ていた!」
「いいよ、大丈夫。家出るときからすっごく眠そうだったもん」
「……はぁ」
「海、すっごく綺麗だから、早く行こう!」

先に降りて荷物を取り出し、ぐっと伸びをしていると、そっと被せられたのは私の帽子。

「今時期の紫外線はお肌の天敵だぞ」
「ふふ、ありがと」



私たちの他には誰もいない浜辺。陽光に煌めく穏やかな波の音、どこまでも続いているような遠い水平線。時折爽やかに肌を撫でる風。思わずため息がこぼれる。

「……綺麗だな」
「うん、綺麗だね」
「いい風だ」
「気持ちいいね」

零は、ふと微笑むと、また水平線へ目を向けた。
まるで世界に二人きりのような、そんな夢心地で、隣に立つ彼が見ているもの、感じているものを………同じように見て、感じていられる。それは、とても幸運で、かけがえのないものに感じた。

「………好きだ」
「うん」
「君のことだよ」
「………っぷふ」
「な、なんで笑うんだ」
「まさか、零がそんな言い回しすると思わなくて、やだ恥ずかしい!」
「………二度と言わないからなっ」
「えぇ………もっと聞きたいな」

好きという代わりに、彼は私の手を握った。優しく、そっと、包み込むように

だから私は、彼の大きな手を握り返して、そっと彼に寄り添った。

愛しい気持ちは、波音に似て



あとがき Twitterでフォロワーさんに書いたものを少し推敲しました。自分の推しでないキャラの方が筆が乗るの、なんで‥‥‥?!やっと形にできたので、これから習慣化して書いていきたい。
読んでいただき、ありがとうございました!